はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 41 [迷子のヒナ]

つまらない。

パーシヴァルはアスカム夫人の舞踏室の壁に寄り掛かり、ぼんやりとオーケストラの奏でる音楽に耳を傾けていた。開け放たれたフレンチドアの向こうでは、手入れの行き届いた自慢の庭園を照らす無数の明かりが幻想的な輝きを放っていた。そしてその陰で複数の男女があいびきを楽しんでいることは容易に想像できた。

パーシヴァル自身、先ほどから誘って欲しそうな視線をあちこちから感じていたが、これまでこういう場で誘いに乗った事など一度もなかった。当たり前だ。女にはさっぱり興味がないのだから。

だいたい、自分の性的趣向をいまだに悟られていないとは、なんとこの世界は鈍感なのだろうか。
いくらクラブの名目が――あれ?いったいあのクラブは何の集まりだったのだろうか?『あらゆる欲求を満たす』だっただろうか?それとも『好物のプロフィトロールを食す』だっただろうか?

忘れたが、どちらにせよ、あまりいい噂のあるクラブとは言えない。

とにかく、社交場で愛想よく振る舞うことにすっかり嫌気がさしてしまった。昨日までは平気だったのに!

ジェームズのせいだ。これまでは、如才ない振る舞いも、複数の男と交わることと同じで、難なくこなせたというのに、いまはジェームズ以外の誰にも笑顔のひとつすら見せたくなかった。

やはり、当初の予定通りクラブへ行けばよかった。ジェームズに会えたかもしれないのに。

といっても、向こうが歓迎してくれるとは思えない。
きっとジェームズは僕の事を軽蔑しているに違いない。経営者のくせに会員を蔑んでいるのだ。なんて男だ!腹立たしいっ!

腹を立てたところで、すげなく扱われた屈辱はちょっとやそっとでは消えそうにもない。むしろ屈辱というよりも、報われない恋心と言った方がいいかもしれない。

はっ!恋心だと?そんなもの今まで抱いたことがないのに、それが恋だとどうしてわかる?ただ単にジェームズの身体的魅力に興味を示しただけかもしれないのに。

そうとも。だから今回の計画に関して変更するつもりはないからな。

パーシヴァルはヒナに出会った時のことを思い出して身震いをした。

本当に偶然だった。奇跡といってもいい!ヒナにすぐに気付いたというのは嘘だったし、最初はヒナの事を調べる気なんかまったくなかったのだから。

あの日ベッドを共にしたうちの誰かが言ったのだ。

ここ数年でクラブの雰囲気がより健全なものへと変化したのは、ジャスティンが自宅で甥っ子かなんだかの子供を預かって教育しているからだ、と。

ジャスティンが子供を教育?そんなことあり得ないと思った。パーシヴァルの知るジャスティンは不道徳の塊で、その最たるものがスティーニー・クラブなのだ。

だがそれで、つい興味を惹かれ、ヒナについて調べる気になったのだ。

つづく


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迷子のヒナ 42 [迷子のヒナ]

パーシヴァルは知り合いに会わない事を祈りつつ、出口へと向かった。

だが、そういう時に限って、いま最も会いたくない人物に遭遇してしまうものなのだ。一瞬、気付かなかったふりで押し通そうかと思ったのだが、相手の方にはそんな気がさらさらなかったようで。

「パーシヴァル!」

会えて嬉しいといわんばかりの笑みをたたえ、こちらへ婚約者と共に歩み寄ってくるブライスに、パーシヴァルも負けじと控えめで魅力的な笑みをやっとのことで顔に張り付け応じた。まだ振りまく愛嬌があったとは驚きだ。

「やあ、ブライス。君も来ていたのか」
そうと知っていれば、こんな場所になど来なかった。最初から来たくなかったのだ。パーシヴァルは今にも爆発しそうな癇癪をなんとか抑え込んだ。そしてかわいらしいが存在感のまったくない婚約者に礼儀正しく挨拶を済ませると、しばしの雑談ののち、逃げるようにその場を辞した。

いったいなんなんだあの男は!パーシヴァルは憤っていた。
数日前の修羅場などなかったかのような澄ました顔で、元恋人と婚約者を引き合わせて!もちろん。出会ってしまったからには、紹介しなければならないのだろうが、それにしてもだ!あの男の無神経さにはいまさらながら虫唾が走る。しかもそれとなく、これからの二人の関係についてほのめかしていた。

なんと!結婚してもまだ付き合う気でいるのだ。恋人という関係は解消したが、身体の関係はそうそう断ち切れないだろうという、いやらしい目でブライスは僕を見た。鈍感な婚約者は気付きもしない。

まったく。気の小さい男のくせに、ベッドで主導権を握っていると思い込んでいる――いや、思い込んでいた――せいで、僕を好きに出来ると思っているのだ。
しかも数日前に、酔っ払ってクラブへ行ったことで、ブライスはそう出来ると確信しているのだ。

あの場にいた者は、僕がブライスに振られたせいで自棄になっていると決めてかかっていた。ジェームズでさえそう思っていたくらいなのだから無理もない。

酔っ払って複数の男に弄ばれたあの夜の噂は、ブライスの耳にも難なく入った事だろう。
確かに、ちょっとは傷ついた。いや、おおいにショックだった。それは別れたからじゃなくて、あいつが女も普通に愛せると知ったからだ。

僕はそういう男だけは相手にしない事にしていたのにっ!

まあいい。これからジェームズに会えるのだから、あんな男に出会ったことなど忘れてしまおう。

ごてごてと飾り立てられた玄関広間で馬車が回されるのを待って、パーシヴァルは意気揚々とスティーニー館へ向かった。

つづく


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迷子のヒナ 43 [迷子のヒナ]

エヴァンが雷雨の中目的地へ到着した時、ジャスティンはここでもまた、わがままな子供に手を焼いていた。

「なんで使用人と一緒に食事をしなきゃいけないの?」
コリンは同じテーブルに座るウェインを横目で見ながら、ジャスティンに訴えかけた。

ジャスティンはコリンを睨みつけた。自分が闖入者だということも忘れいかにも貴族然とした物言いが癪に障った。ヒナならこんなことは絶対に口にしない。なんたって自ら階下におり、使用人と食事をするような子だ。

身の程をわきまえているウェインだが、この程度の言葉には動じたりしない。それでも主人を気遣ってか、背中を丸め申し訳なさそうな態度を全身で示した。

「ウェインはただの使用人じゃない」
その言葉に何の意味があるのかは分からなかったが――ただ単に御者も出来る万能な近侍という意味合いだったのだが――ウェインは感激した様子で誇らしげに背筋をぴんと伸ばし、その様子を見たコリンは納得できないというように鼻を鳴らした。

「でも使用人に変わりはないでしょ!」

「だったらお前が部屋でひとりで食事をするか?もっとも、お前の部屋など存在しないが……」なぜならば、ジャスティンが宿を貸し切っているから。

コリンは反論したくてうずうずとしつつも、賢くもそれ以上はなにも言わなかった。

これで解決とばかりに食事を始めたとき、馬のいななきとほぼ同時に入り口のドアを激しく叩く音がした。

「誰か来たみたいだよ」コリンはレーズン入りのパンを頬張ったまま言った。

「いったい誰が――」カウンターの奥からジョージが出てきた。いくら貸し切っているとは言え、まるで客が来ることが珍しいような口調だ。

ジョージを待たずして、突如ドアは開いた。風雨が容赦なく中へと入りこむ。

戸口に立つ真っ黒な外套をまとった男に、コリンはパンを噴き飛ばしながら悲鳴を上げた。コリンの悲鳴に驚いたウェインは、不運にも口に含んでいたワインにむせてしまい、涙目でコリンを睨みつけた。まったく筋違いな抗議だ。

男がかぶっていたフードをおろし、その顔を露にすると、ジョディもカウンターの中でギャーッと悲鳴を上げた。ドアに向かっていたジョージは悲鳴こそ上げなかったものの、一歩二歩と後ずさった。

最後にジャスティンが穏やかな声で「やあ、エヴァン」とみんな落ち着けとばかりに言った。

実際、エヴァンの姿を見とめた時点で、ジャスティンは落ち着くどころか、ひどく狼狽えていた。こんなところまでわざわざエヴァンがやってくる理由は、ヒナに何かあったとしか考えられなかったからだ。

「だ、旦那の知り合いですかい?」ジョージは恐る恐るエヴァンに近づき、とりあえず背後の開けっ放しの戸をバタンと閉めた。

「うちの従業員だ」

「ああ、エヴァンだったんですね。コリンが悲鳴を上げるから強盗か悪魔でもやって来たのかと思ったよ」

「おい。コリンさまって言え。使用人のくせに生意気だぞ」コリンは悲鳴を上げたという恥ずかしい事実を隠ぺいしようと、ウェインに文句をつけた。

「てっきり強盗かなんかだと思ったよ。そんなに真っ黒い恰好じゃあ、間違えてもおかしくないと思うけどね」ジョディはそう言って、いつの間にか手にしていた大きなフライパンを元あった場所に戻した。

ジョディが驚いたのも無理はない。ずぶ濡れのエヴァンは人相の悪い強盗よろしく、顔に大きな傷痕があるのだから。

「なにか問題でも?」用件が何であれ、ヒナのこと以外でありますようにと祈りつつ、ジャスティンは尋ねた。

エヴァンはジョージに促されるまま黒い厚手の外套を脱ぐと、胸元から革の袋を取り出し、無表情のまま用件を簡潔に述べた。

「ジェームズ様より手紙を預かって来ました」

ジャスティンは恐慌状態に陥りつつも、エヴァンの差し出す手紙を優雅な仕草で受け取った。問題など日常茶飯事だと言わんばかりに。

これで、手紙の内容がくだらない事だったなら、ジェームズを屋敷から追い出してやる。

ジャスティンは鼻から思い切り息を吸い、そのまま呼吸を止め、手紙を開封した。

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
ジャスティンとゆかいな仲間たち、みたいな感じになってますけど… 

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迷子のヒナ 44 [迷子のヒナ]

「ジェームズは他に何か言っていなかったか?」ジャスティンは鋭い口調でエヴァンに尋ねた。

「手紙を渡したら、旦那様の命令に従うようにと」エヴァンはきれ良く答えた。

ジャスティンの苛立ちが増す。
洗練されている使用人はこれだから達が悪いのだ。主人の動揺を悟っていたとしてもおくびにも出さない。こっちとしては手紙を預かったいきさつを知りたいというのに。

手紙に目を通したジャスティンは、食堂からエヴァン以外の全員を追い払った。
コリンは抗議の声を盛大にあげたが、ひと暴れしたあげく、ウェインに引きずられるようにして、二階へと消えた。ウェインは自分がのけ者にされたことに不満顔だったが、主人の命令とあっては否が応でも従うしかなかった。

「手紙の内容は知っているのか?」ジャスティンは再度尋ねた。

「いいえ」とエヴァン。

ジェームズのやつ!半日かけてここまでやって来たエヴァンに何も伝えてないとは、自分さえ問題を理解していればいいとでも思っているのか?

「ヒナの身元が判明したとある。今朝、わたしが屋敷を出てから、お前が手紙を言付かるまでの間に、なにか変った事はあったか?」

「ヒナの身元が?」そう言って、エヴァンはしばし考え込んだ。「訪問者がひとり。パーシヴァル・クロフトが――」

「なんだって!」ジャスティンはテーブルに両手を叩き付けるようにして立ち上がった。全身の血が煮えたぎり、どうあってもあの好色な男の首を絞めずにはいられなくなった。ヒナを欲しがるとは厚かましいにも程がある。

エヴァンは激高するジャスティンなど全く気にせず、言葉を続ける。

「一時間以上はいたようです。用件については不明ですが、ホームズは白のティーセットを使ったとか。それと、クラブには顔を出さずに帰りました」

「ホームズには歓迎されなかったようだな」
それを知ったとてまったく安堵できない。一時間以上もいたという事は、ジェームズに追い返されなかったのだから。パーシヴァルがヒナの身元を示す何かを持ってきたからだろう。だが、いったいどうして、よりにもよってあの男が?

パーシヴァルについてはよく知っている。あの男とヒナを結びつけるものは何もないはずだ。

ジャスティンは床を軋ませながら、テーブルの周りをうろついた。その間エヴァンは直立不動で主人の指示を待っていた。

ジャスティンはエヴァンがその場にいる事すら忘れ、ぶつぶつと呟きながら、元の椅子に腰をおろした。テーブルに肘をつき頭を抱え、思いつく限りのことを脳内から引き出してみる。
それでもやはり、ヒナとのつながりを思わせる何かは見つからなかった。

血縁関係を辿れるだけ辿ってみても、結果は同じだった。

つづく


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迷子のヒナ 45 [迷子のヒナ]

これ以上エヴァンから何も聞き出せないと判断したジャスティンは、手紙を手に部屋へ戻ると、整えられたベッドのひとつに横になった。

コリンが散らかした部屋はすっかり片付き、小雨になったすきに運び込んだ荷物の荷解きもすませてあった。

今年の滞在予定は長くても三日を予定していた。それがヒナと離れていられる時間の限界だと判断したからだ。

だが状況は変わった。ジェームズの手紙にはすぐに戻れとある。もちろんジャスティンだってそうしたい。そうしたいのはやまやまだが、ここへ来た目的を果たしていないうえ、悪天候に邪魔をされている。エヴァンはあの雷雨のなか、よくここまでやって来たものだ。

エヴァンの愛馬は――もちろんジャスティン所有の馬だが、あの馬を御せるのは彼しかいない――俊足で持久力があり、そのうえ度胸があることが判明した。命令に忠実なエヴァンの事だ、最低限の休憩しかとらずに急いでここへ来たに違いない。

戻ったら、それ相応の報酬を出さなければな。

ジャスティンはその考えをいったん脇へ置き、再度手紙に目を通した。短い文に隠された意味があるのではないかと、穴が開きそうなほど見入るが、あまりに短すぎて裏の意味があるとは到底思えなかった。

エヴァンの話から、さっきはついパーシヴァルとヒナを関連付けて考えてしまったが、あの男はまったくの無関係かもしれない。ジェームズが密かに調査を進めていて、情報を掴んだのが、たまたま俺が出発したあとだった……。

その考えに思い当たって、ジャスティンは天井を見つめたまま、しばし熟考してみた。が、そんなはずはないと、一番理に叶っていそうな考えを、一蹴した。

やはりパーシヴァルの訪問が鍵となっているのは間違いない。

ジャスティンは断定した。

情報の出所やパーシヴァルがそれにどう関係するのか、まったくわからない状況だが、遅くとも明日の昼にはその答えは聞けるだろう。

アンソニーには申し訳ないが、夜が明け次第ここを出発する。ここからクレイヴン領までは、ひとり馬を駆って行くつもりだったが、それでも往復に要する時間が惜しくて堪らない。

最低な人間だとあの世で罵られようとも、本来なら歓迎すべき情報に不安を感じているいま、一刻も早くヒナの元へ戻る必要がある。

事が片付き次第、またここへ戻ってくるから、許して欲しい。

ジャスティンは祈るような気持ちで、声に出さずに呟いた。

つづく


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迷子のヒナ 46 [迷子のヒナ]

トマス・ウェインはジャスティンに仕えて二年になる。
その当時、二〇歳だったウェインは、クラブで働くようになって一年ほどの、ひよっこ従業員に過ぎなかった。それも裏方専門。

自分で認めるのも癪だが、ウェインはさほど容姿に恵まれていない。鼻は高すぎず低すぎず、口は大きすぎず小さすぎず、薄くもなければ分厚くもない。目はぱっちりとはしていないが綺麗な琥珀色でそれなりに愛らしいと、自分では一番のチャームポイントだと思っている。背格好は人並みで、もう少し背が高ければクラブの正面玄関に立つドアマンくらいはやらせてもらえたかもしれないと、一度ならず思ったものだ。けれど、物覚えの良い方ではないので、それも叶わぬ夢というものだった。

そのウェインがジャスティンの近侍に抜擢されたのだ。どんな天変地異が起こっても不思議ではないと、仕事仲間に羨望のこもったからかいの言葉を浴びせられたが、ウェインの鼻は見た目よりもずっと高くなったようで、少々の皮肉など気にならなかった。

それが図々しいウェインの始まりだった。

「エヴァン、それで用事はなんだったんだ?」

着替えを済ませたエヴァンが、中断していたディナーに合流した。もちろん着替えなど持っていなかったエヴァンは、ウェインの服を借りているのだが、ズボンの丈は一〇センチほど足りていない。若干の屈辱を覚えながらも、ウェインは好奇心の矛先である謎の手紙について尋ねた。

「用事?手紙を届ける事ですが」

お前は馬鹿か?と聞こえたような気がした。いや、実際、聞こえた!

「お前馬鹿じゃないのか?」ふふんっと偉そうに口を挟んだのは、上座に座る、生意気なコリン坊ちゃん。さすがに貴族相手じゃ、くそガキとは言えない。

「だからさ……分かるだろう、言ってる意味くらい――」

「手紙の内容についてですか?」エヴァンは視線を泳がせた。「それについてはご自分でお聞きになった方がいいかと」

「僕には聞かれたくないって訳?」と会話の主導権を早くも握りつつあるコリンが不満げに言った。

この子供は常に不満だ。見た目は愛らしいが、可愛げはまったくない。とウェインが思っていると……。

「部外者ですから」とエヴァンがにべもなく言う。

ひぃ!エヴァン……相手をよく見ろ。めちゃくちゃ面倒でわがままな貴族の坊ちゃんだぞ。

ウェインがこわごわコリンを見ると、こんな無礼は初めてだと言わんばかりに目を見開いて、手の中でパンを握り潰していた。

「お前は僕が誰だか知らないようだな」

「コリン・クレイヴン――ですよね」

「そうだっ!」と、コリンが声高に言いきってしまったことで、ほんの束の間の言い合いは、白熱することなく幕を閉じた。

コリンがしまったというような顔で、手の中の潰れたパンを皿に戻し、エヴァンはそれに咎めるような視線を向けた。

コリンは何か文句でもあるのかと眉を吊り上げ、エヴァンを睨みつけたが、逆に睨み返され、視線をそらした。

おやおや。わがままなお坊っちゃんはエヴァンが苦手なようだ。顔の傷に恐れをなしているのだろう、とウェインは思いつつ、ジョディ特製のローストビーフにフォークを突き刺した。

「ねえ、その顔の傷どうしたの?」

恐れを知らないコリンにウェインは目を丸くした。

つづく


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迷子のヒナ 47 [迷子のヒナ]

オズワルド・エヴァンは無表情のまま、不躾な質問をしたコリンにわずかながら顔を向けたが、迷ったあげく、きっぱり無視して食事を続けた。

コリンが顔の傷に興味を示した理由は分かる。
どうしてわたしのような輩が、ジャスティンに雇われているのか不思議に思っているのだ。

エヴァン自身不思議に思っている。

「なにしたの?」コリンが再度尋ねた。なにがなんでも答えを聞き出そうという、強い意志が感じられた。そうだろう。子供というのは自分の好奇心を満たす為なら、他人が傷つく事などなんとも思わないのだ。

目の前の席に座るウェインに目をやると、僕は関係ないからねと、素知らぬふりでワインをがぶ飲みしている。この若者は、年上に対する礼儀をあまり知らない。とはいえ、いくらエヴァンが彼よりも六つも年上だったとしても、立場は下だ。

エヴァンが答えずにいると、コリンが焦れたように質問の内容を変えた。

「追剥ぎにやられたの?」

どうやらコリンは、エヴァンを追剥ぎだと思って悲鳴を上げたのを、綺麗さっぱり忘れてしまったようだ。

「人の道に外れたことをすると、報いを受けるという事だ」エヴァンは静かに言った。これには、これ以上は追及するなという意味を含んでいたのだが……。

「例えば?」

例えば、だと?
エヴァンは目を見開くかわりに、線のように細くすがめた。

目の前にいるのは十六歳の少年であって、五歳児ではない。語意をくみ取って、これ以上訊かずにおこうという思慮深さがあってもいいはずだ。

「コリン、やめるんだ」

とっさにエヴァンは立ち上がった。二階から疲れた顔でおりてきたジャスティンを見て、エヴァンの心は痛んだ。

「エヴァン、座ってていい。ウェイン、ワインはほどほどにしておけ。明日、夜が明け次第、ここを発つ」

「な、なんでっ!」コリンが憤りも露に立ち上がった。

「えっ!なんですって?っうぐ……」驚いたウェインは、慌てて声をあげたため、喉に肉を詰まらせた。ジタバタともがきながら、たった今、ほどほどにしておけと言われたワインを急いで流し込む。

もちろんエヴァンも驚いた。ヒナがジャスティンにとって、どれほど大切なのかは承知していた。それはジャスティンに仕える者ならだれでも知っている。だが、ここへ来た目的も果たさぬまま――目的が何であれ、まだのはずだ――ロンドンへとんぼ返りするとは、それほどまでにあの無邪気な子供が大切だということか。

そういえば、ヒナもコリンと同じように、好奇心からエヴァンの顔の傷について尋ねた事がある。

『エヴィ、それ、どうしたの?痛い?』『エヴィ、悪いやつがいたら、ヒナがやっつけてあげるよ』『これ、魔女の薬草。ダンがくれた』

その時のヒナは、バーンズ邸にやって来たばかりで、エヴァンの事もよく知らなかったはずだ。それなのに『エヴィ』と愛称で呼んでくれて――そう呼ぶのはヒナだけだが――家族の心配をするのと同じように、気遣ってくれた。

言葉はたどたどしく、紙に書いた文字を棒読みしていただけなのだが、つい、魔女の薬草には笑ってしまった。
その時見せた、引きつった醜い笑みにも、ヒナは動じることなく同じように笑い返してくれた。

その優しいヒナが、もしかするとわたし達の目の前からいなくなってしまうかもしれないのだ。そんな状況でのんびり朝を迎えることなど出来るはずない。

「ウェインが使い物にならなければ、わたしが馬車を御しますが」
もはやウェインが使い物になるか否かは関係なかった。出来れば自分が主を自宅まで連れて帰りたかった。そして事の成り行きを見届けさせて欲しかった。バーンズ邸の使用人とは違い、クラブの従業員は蚊帳の外に置かれる可能性がある。実際従業員のほとんどは、ヒナはジャスティンの愛妾だと思っているほどだ。

「いや、お前はコリンを送って行ってくれ」

ジャスティンのため息交じりの命令に、エヴァンとコリン、同時に不満の声をあげた。

つづく


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迷子のヒナ 48 [迷子のヒナ]

コリンが反発するのは目に見えていたが、まさかエヴァンまでも不満をこぼすとは……。

「エヴァン、疲れているところすまない」ジャスティンは心底申し訳なさそうに言った。こんな言葉では言い表せないほど、コリンを送り届けるのは、大変な仕事になるだろう。

「ちょっと、ジャスティン!勝手に送って行くとか決めないでよ!それよりも、兄さんには会いに行かないの?ジャスティンにとっての兄さんは、とても大事な人だったんでしょ?お別れもせずに新しい恋人の元へ帰るつもり?ジェームズの手紙が何だったか知らないけど、こんな……途中で、まだ何もしてないのに呼び戻すなんてどうかしてるっ!ジャスティンには相応しくないっ!」

コリンは憤怒からか顔を真っ赤にし、ヒステリックに握った拳をテーブルに叩き付けた。

ジャスティンはぽかんとした表情で、コリンをみやった。ウェインもエヴァンも同じだ。

どうやらコリンは、ジェームズが新しい恋人だと勘違いしているようだ。
調べたと言っていたから、てっきりヒナの存在が知られているのだと思っていた。もちろんヒナは恋人ではないが。

「お前はてっきり兄に成り代わりたいと思っていると思ったが――」
つい口をついて出た言葉。まったく悪意はなかったのだが、結果的にコリンの自分への感情を暴露することになってしまった。しかもその感情は、あまりに曖昧で、確定的要素は皆無だというのに。

「え?そ、そうだけど……でも、だからって兄さんをないがしろにして欲しくない」
コリンは感情を露にしすぎたことに恥じ入ったらしく、目を伏せ、居心地悪げに腰をおろした。

ひとり座ったままだったウェインが、コリンにレモン水を注いでやり、妙な気遣いをみせるものだから、コリンは屈辱を滲ませた顔つきで、たったいま座った椅子から立ち上がった。

うしろに傾いだ椅子が床と擦れ、ギギッと不快な音を立てる。

「ジャスティンのバカ……」そう呟くように言い、毅然と顔を上に向けて、ジャスティンの横を通り過ぎて、コリンは二階へと駆け上がって行った。

逃げ込む部屋はおそらくジャスティンの部屋。

「あーあ、やっちゃいましたね」とウェイン。

「あれは言い過ぎでは?あの子はまだ子供ですよ」とエヴァンが責める。

「かなり面倒な子供だけどね」とウェインが付け足す。

「好奇心が旺盛なだけだ。あしらえないほどではない」

「それを言うなら、ヒナもだけどね。あの子、この前さ――」

痺れを切らしたジャスティンが声をあげた。

「お前たち、いい加減その口を閉じろ。ウェイン、随分ヒナと楽しくやっているようだが、今後も楽しくやりたいのなら、予定通り出発できるように支度を済ませておくんだ」

「それって、どういう……」当惑した表情を浮かべ、ウェインはジャスティンを見て、それからエヴァンを見た。手紙の内容がヒナに関する事だと、ようやく察したようだ。

「エヴァンはコリンを頼む。あしらい方は心得ているようだからな」

ジャスティンの皮肉とも取れる言葉に、エヴァンはいつものように陰気な顔で従順に頷くだけだった。

つづく


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迷子のヒナ 49 [迷子のヒナ]

ヒナはジャスティンから貰った画集を抱きしめ、湯たんぽで温められたベッドへ入った。

眠たくはなかった。だってまだ夜九時にもなっていないのだから。

けれど身体はすごく疲れていて、午後からずっと頭痛にも悩まされていた。

ジュスがいれば、すぐに治るのに……。

ヒナは寂しさのあまり上掛けの中で毛糸玉のように丸まった。

「ヒナ――」と呼ぶ声が聞こえ、ヒナは期待と確信に満ちた顔で上掛けの中から飛び出た。

「ジュスっ!!」

「残念だが、ジャスティンではないよ。ダンから頭痛がすると聞いたんだが、大丈夫か?」部屋に入ってきたのは仕事中とおぼしき服装のジェームズだった。

「ジャム……」興奮がみるみるうちにしぼんで、ヒナはぱたりとベッドへ倒れた。手にしている画集をさらに強く抱き、ジュスはここにいると自分を慰めた。

あからさまな態度にジェームズは一瞬顔を顰めたが、ヒナの気持ちが手に取るように分かるだけに、頭に浮かんだ皮肉は口にしなかった。

「ホットチョコレートでも飲むか?」ジェームズはベッドの端に座り、優しく尋ねた。

「いらない」ヒナはそっけなく答えた。欲しいのはジュスだけ。「ねえ、ジャム。ヒナ、どうなるの?」

午後からずっとそればかり考えている。
ヒナはパーシーと一緒に暮らすのかな?お願いしたらジュスとずっと一緒にいられるかな?

「ヒナには戻る家がある。この地にも、そして日本にも」

ジェームズにきっぱりと言い切られ、ヒナは恐怖に目を見開いた。日本に帰るという選択肢をいまのいままで思いつきもしなかったのだ。

「帰りたくない」だって、帰っても、お父さんもお母さんもいない。けど、伯父さんはいる。ヒナは会ったことがない。お父さんと、お父さんのお父さん――おじいちゃんと仲が悪かったから。

ヒナはおじいちゃんと両親の四人暮らしだった。優しいおじいちゃんが亡くなって、悲しくて悲しくて暫く泣いて過ごした。そのうちあることを思いついた。お母さんにも当然両親がいる。『おじいちゃんとおばあちゃんに会いたい』って口にしたのは自然の成り行きだった。

けどそれが悲劇の元となった。

僕の居場所はここでしょ?とジェームズを見上げる。ジェームズは深いため息とともに、ヒナに手を伸ばし、ジャスティンがいつもそうするようにふわふわの巻き毛を優しく撫でた。

ジェームズらしからぬ仕草に、ヒナは自分がひどく惨めに思えた。何を言っても無駄なのかもしれない。ヒナはまだ子供で大人の決める事には逆らえないのだから。

ジュスは僕を手放したりしないよね?そうだよ。ジュスは僕の事好きだもん。僕はもっと好きだけど。

そう思ってまた惨めな気持ちになった。

ジュスは僕を置いて黙って出掛けた。アンソニーって言う人のお墓参りに。アンソニーはジュスの恋人だった人って、シモンが前に言ってた。

僕はジュスの恋人にはなれないのかな?そうなれたら離れて暮らしたとしても、耐えられるかもしれないのに。

ううん。いまのは嘘。ジュスと離れて暮らすくらいなら、僕は小日向奏を捨てる。僕はただのヒナだ。それでいいんだ。

つづく


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迷子のヒナ 50 [迷子のヒナ]

ジャスティンとの別れを想像して怯えきっているヒナに、ジェームズは気になっている事柄についてさらに二,三質問した。ヒナは思い出せる限り、正直に話をしてくれたとは思うが、いい加減うんざりしたのか、もうおしまいとばかりにジェームズを睨みつけて、上掛けの中に潜り込んでしまった。

ジェームズは部屋を出て、しばらくドアに寄り掛かったまま考えてみた。

現時点でヒナが伯爵の孫だと証明するものは、ヒナの証言だけで、ほかには何もないのではないか?パーシヴァルは、ヒナがコヒナタカナデだったら、伯爵の孫で間違いないと言ったが、名前と似通った容姿だけで、それが証明になるとは思えなかった。

ジェームズはドアから背を離すと、クラブへ向かうため、絨毯敷きの廊下を思案顔で歩いて行った。

正直、ヒナがここから去ろうが、ジェームズにはどうでもよかった。最初は少しは寂しいかもしれない。けれどすぐにそんな感情は薄れてしまい、ヒナがここへ来る前の日常に戻るはずだ。

ジャスティンさえ正気を失わなければ、という条件付きだが。

まず間違いなく、ジャスティンは腑抜け状態になるだろう。そうなったらクラブはどうなる?そして僕は?

ジャスティンの心を守るためには、ヒナを守らなければならない。そうするしかない自分がもどかしかったが、それが唯一自分に出来る事だから仕方がない。

狭い階段を下り、スティーニー館へと続く地下通路を歩きながら、ジェームズはジャスティンが取りそうな行動を考えてみた。

まずはヒナがラドフォード伯爵の孫だという確証を得るために、ありとあらゆる手段を講じ、徹底的に調べ上げるだろう。おそらくジェームズが考えている以上に精細に。

そして事実が確定したら、どんなに離れがたくても、家族の元へその手で送り届けるだろう。その家族がヒナを歓迎しないと分かっていてもそうするだろうか?邪心を持ったパーシヴァルがその家族でもか?

わからない。ジェームズはヒナと同じく途方に暮れたように、かぶりを振った。薄暗い通路を抜け、執務室の前を通り過ぎ、煌びやかなラウンジへと出ても、暗闇にいる気分だった。

どうして僕がこんな思いをしなくてはいけない?ヒナさえいなければという思いが込み上げ、手に入らないものへの渇望に気が狂いそうになった。

こぶしを握り、呼吸を整え、いつもの感情を押し殺した表情を取り戻した頃には、頭の中は仕事一色に切り替わっていた。

これが出来るのがジェームズの利点だ。

つづく


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